自民党総裁選で「 解雇規制の緩和 」が1つの論点として浮上しています。
このテーマは非常にセンシティブであり、政治家は触れるのを避ける傾向にあります。
しかし、大きく変化し続ける日本の雇用環境において、ぜひ論じ合うべきテーマではないでしょうか。
単純に解雇規制緩和をすべきか否かよりも、なぜ今この議論が必要であり、何が問題なのか、その上でどういう未来が望ましいかを考える必要があると思います。
今週と来週にわたる2回シリーズで、解雇規制緩和の議論の本質を掘り下げ、具体的にどのような対応策が望ましいかについて私案をお伝えします。
目次
なぜ「 解雇規制の緩和 」という議論が出るのか?
日本では、企業が従業員を解雇するのは容易ではありません。
しかし、この解雇規制は日本企業において上手く機能し、それが社会の安定につながっていたのは確かな事実です。
既に現状は大きく変わりつつありますが、2000年頃まではそれなりに上手く機能していました。
当時の日本企業では、年功序列に基づいた給与制度が主流であり、若い社員は働きの割に低い給与でしたが、
その分、新人の時から手厚い教育を受け、上司先輩からの支援もありました。(飲み会で奢ってもらうこともしばしばで濃い関係性がありました)
そして、会社に長く勤めるほど給料も上がっていきました。
また、会社の転勤・異動命令は絶対で、それに従うことが当然とされていました。
頻繁な異動は、特定業務における専門性がつかない反面、会社を広く理解することができ、幹部候補生として育っていきました。
転職して活躍できる専門スキルは身に着かなかったものの、終身雇用により安定した身分が守られてきました。
つまり、解雇されない安定した身分と引き換えに、会社の命令に従い、定年にいたるまで忠誠を尽くすという形が一般的でした。
このシステムに裏づけられた職場の安定、結束力、すり合わせ力、勤勉な働きぶりは、日本企業の脅威的な発展の原動力となり、世界に恐れられる存在にまでなりました。
しかし、雇用環境は変化
その後、日本は「失われた20年」と言われる低迷期を迎え、雇用環境は大きく変化しました。
日本経済の先行き不安、少子化の進行、若い世代の価値観の変化、夫婦共働きの増加、転職マーケットの拡大、働き方改革、コロナによる価値観変容などが、変化をもたらすきっかけとなったのです。
具体的な変化の代表例にはこのようなものがあります。
雇用環境の変化の例
- 本人同意のない転勤は限りなく難しくなった
- 新卒のうちから職種を決め、専門性あるキャリアを志向する人が増えた(配属ガチャを嫌う傾向)
- 新卒で入社した瞬間から転職サイトに登録する人が多数を占め、一生同じ会社にいるという考えが減少
- 年齢にかかわらずスキルのある人は転職が容易となり、かつての「転職35歳限界説」が過去のものになった
- サービス残業が大幅に減少
- 有給消化率や育休取得率(男性含む)の増加
- リモートワークという働き方が出現
- 給与制度における年功序列の要素が減少
- 職種や能力の違いによる給与格差が拡大
- ジョブ型の人事制度を取り入れる企業の増加
- 今後、事務職の仕事や、クリエイティブ度合いの低い管理職の仕事は、AIに代替されていく可能性が高まってきた
社員の負担は軽減。企業側の負担は?
まとめると、職場のホワイト化がすすみ、(会社の力に比して)社員側の力が増し、給料格差が強まった時代だったと言えます。
「長期雇用を保証する代わりに会社の命令に従う」という時代は終焉を迎え、今では社員がキャリア(=社内でのキャリアと社外へ転職するキャリアの双方を含む)を自由に選択できる時代へと変わりつつあります。
会社と社員が縛り合う関係であった状態から、社員が先に解き放たれていきました。
では、これを企業側の視点で見るとどうなったでしょうか?
先述したような雇用環境の変遷を経た結果、会社の力と社員の力の均衡が崩れてしまいました。
社員の選択権、自由度、働きやすさなどが改善した一方で、企業側の負担や責任は逆に高まった状態です。
企業を取り巻く環境も厳しさを増し、時代にフレキシブルに適応しなければならない中で、雇用を巡る企業の義務や責任は重さを増しました。
「解雇規制緩和」の議論は、この崩れたバランスを再び適正化する手段の1つという側面があります。
社員の権利や自由度が増した分、会社として解雇権を保持することで、均衡を回復すべきではないかというものです。
解雇できない仕組みにはどのような問題点があるか?
経営者の中には解雇規制の緩和を望む声が決して少なくありません。
なぜなら、解雇できないことが企業にとっていくつかの問題を引き起こすと考えるからです。
その理由は主に以下の4つがあげられます。
- 事業ポートフォリオの柔軟性
- 採用の加速
- 国際競争力の向上
- 働き手の意識改革
事業ポートフォリオの柔軟性
インターネット時代になって以降、市場環境の変化が加速しており、企業はビジネスモデルや事業形態をどんどん進化させていかねばなりません。
時には従来の事業を捨てて、新しい事業に移行する局面もあります。
そのような変化の下では、社員の従前のスキルが役立たなくなり、新たに求められるスキルへの移行が簡単に進まない場合も多いです。
その時に、全ての雇用を守りつつ新しい事業に必要な人材を採用していたら、コスト競争力で負けてしまいます。
ダイナミックな変化に対応していくには、企業がある程度「解雇する権利」を持っておきたいと考えるのです。
そもそも企業自身、社員を終身雇用できるほど安定的存在とは言い切れず、いつ何が起こるか分からない時代だからです。
採用の加速
解雇ができないと、企業は採用に慎重になります。
面接において、7:3の確率で活躍してくれそうだと思っても、上手くいかない3割の場合を恐れ、採用に躊躇することが多々あります。
解雇が容易に行えるとなれば、従前よりも採用選考基準をゆるめ、もっと積極的に多数の社員を採用することができます。
国際競争力の向上
グローバル市場で戦う会社にとっては、海外企業との競争力が問われます。
解雇が比較的やりやすい国もあり、そうした国の企業と比べて日本企業は人件費負担が重くなってしまうという懸念があります。
働き手の意識改革
おそらくこれが最も大きな理由でしょう。
「懲戒免職に相当する行動を取らない限り会社からは解雇されない」という安心感は、一部の社員にはマイナスの影響を与えます。
何も努力せず、仕事を適当にこなしていてもクビになることはないので、のんべんだらりと過ごすお荷物社員が一定数出てきてしまいます。
今の時代は社員1人1人が自ら学び変化していかないと時代の変化に対応できません。
会社としての教育も行いますが、それは社員1人1人に向学心、向上心があってこそ活きるものなので、個々の意識が何より大事です。
また、ある社員の能力が足りないからといって、今の時代は異動も会社事由のみでは決めづらくなっています。
仕事のふりをしてネットサーフィンしている社員でも、有給取得や育休の権利を取り上げることはできません。
このような社員の意識を変えてもらうには、サボっていたら解雇されるという恐怖心をある程度もってもらうのも有効です。
逆に言えば、会社の解雇権が強ければ、その分社員は手を抜かず仕事し、自らスキルアップに努めるだろう、という見立てです。
解雇規制緩和をめぐる議論があるべき時
以上お伝えしたように、解雇規制緩和の議論は、日本の雇用のあり方、会社と社員の関係のあり方、企業の成長と社員の成長のバランスなど、様々なテーマに関わる論点であると言えます。
解雇規制の緩和をすべきか否かは、日本の労働法制や雇用慣行のあり方をどうすべきかという広い視点のもとで、今こそ国としてしっかり議論がなされるべき時だと思います。
新しい時代に適した次の形を議論し、解決策を模索していく必要があると感じます。
後編へ続く:企業と労働者が共に進む未来へ
今回の記事では、日本で「解雇規制緩和」の議論が浮上している背景について詳しく考察しました。
後編では、解雇規制の緩和に対する私の意見をお伝えするとともに、企業が時代の変化に適応するための施策として、5つの提言を紹介します。
企業と労働者が共に成長し、持続可能な社会の安定を維持できる道筋を探っていけたらと思っています。
後編はこちら