「解雇規制の緩和」について考える【後編: 解雇権 がなくても企業が競争力を維持するための5つの提言】

2024.10.04

解雇権

前編では、日本において「解雇規制緩和」の議論が浮上している背景について詳しく考察しました。
 

 
今回の後編では「現時点での解雇規制の緩和は反対」とする私自身の見解と、解雇に代わる5つの提言について述べたいと思います。

 

解雇規制の緩和はリスクが高い

企業に解雇権を与えた場合、適切に運用されれば経営の柔軟性を高める効果が期待できますが、同時にその権利が濫用された場合のリスクは非常に高いと考えます。

その理由は3つあります。具体的に見ていきましょう。

 

専門性の欠如と再就職の難しさ

解雇権

 
働き手の選択権や自由度が増したとはいえ、多くの労働者は依然として「就社意識」に基づいて働いており、特段の専門性を持ち合わない人も少なくありません。

他の会社でやっていくには、汎用性の高いスキルやポータブルな能力が必要ですが、それらの準備が整っていない人材にとっては、次の仕事が見つからないため、解雇は生活リスクとなります。

 

未成熟な転職市場

 

転職市場はたしかに発達したとはいえ、まだまだ未成熟です。

企業がマーケティング部の人材を採用したい時、人材紹介会社に頼めば、マーケティング経験がある人は探して紹介してくれます。

しかし「経験はないがその素質や素養があり、数年経験させれば大きく花開く可能性のある人」は紹介してくれません。

なぜなら、それを簡単に見極める方法がないからです。
 

そのため、専門分野のはっきりしている人は転職しやすいですが、幅広い経験を持つもののこれという専門分野がない人(潜在能力は高くても)は、転職先が簡単には見つからないのが今の転職マーケットです。

特に高齢層は厳しいでしょう。
 

履歴書の書かれるスペックにもとづく転職市場は発展してきましたが、そこに表現されないソフトスキルに焦点をあてた転職市場はまだまだ発展途上です。

良いソフトスキルを持ち合わせた人材であっても、自分に合う転職先を探すのは簡単ではありません。

 

AIに迫られるスキルセットの転換

 

AIの急速な発展により、この先数年でホワイトカラーの多くの仕事がAIに置き換わる可能性が高まっています。

今解雇規制を緩和すると、少なくない人数がAIをきっかけに職を失うことになるでしょう。

スキルセットの転換には時間がかかるため、現状での解雇規制の緩和は多くの労働者にとって脅威となり得ます。

 

以上3つの理由を踏まえると、解雇規制の緩和は多くの労働者の失業リスクを増大させると同時に、日本の強みである社会の安定を毀損する恐れがあります。
 

建設、介護、サービス、ITなどの業界は人手不足が深刻で労働者が移行しやすいように見えるかもしれませんが、職種転換には本人のマインドセットの変化も伴うため、決して容易ではありません。

 

解雇権 なくして、企業が時代に適応する道

現状のまま解雇規制を緩和しない場合、企業が解雇権を持たないデメリットをどのように補い、かつどのように時代に適応していくのかを考えなければなりません。

社員が向上心をもって一定の緊張感をもって働き、企業が採用しやすい環境をつくり、事業ポートフォリオの変化に応じて柔軟性をもてる状態をどのように作るか?ということです。
 

ここでは5つの具体的な提言を挙げます。
 

1 給与差をもっとつける

2 降給の仕組みを入れる

3 管理職や高度専門職は報酬を上げて個人事業主化する

4 一般担当者は終身雇用で安定労働力とする

5 会社の異動命令権は維持する

 

提言1 給与差をもっとつける

 

日本企業は能力差による給与の差が依然として小さい傾向にあります。
 

例として、20代後半で同期である若手担当者A君とB君のケースを考えてみましょう。
 

A君

独力で大きな商談をまとめるほどの営業力、調整力を備え、お客様から絶大な信頼を得ています。

B君

まだ独力での商談完結が難しく、商談内容や資料も上司が事前に細かく指導する必要があります。ときどきお客様からのクレームも発生させてしまうので、会社としても非常に手間がかかっています。
 

この2人が新卒入社した時は初任給が22万円。同じスタートラインに立ちました。

20代後半になり、月給は

A君:29万円

B君:26万円

になっているとします。
 

二人の実力には大きな開きがあるのに、月給はわずか3万円しか差がありません。

毎年人事制度でしっかり評価して、少しずつ昇給してきた結果、その差は3万円しかついていないという状態です。
 

このような給与制度では、A君はもっと給与の高い会社に引き抜かれてしまう一方、B君は成長せず危機感のないまま会社に残ってしまう可能性が高いです。
 

この事態を防ぐには、もっと給与差をつけることが重要です。

 

具体的な給与差は?

 
B君はいまだに独り立ちできていないのだから、初任給+αの23~24万円程度が妥当でしょう。

一方で、A君には35万円程度の給与を払ってもいいのではないでしょうか?(月給35万円は年収で500万円を超える水準です。)

生み出す付加価値と労働分配率で計算したら、35万円でも安いくらいかもしれません。
 

A君:35万円

B君:23〜24万円
 

このようにわかりやすく差をつけることで、A君の離職リスクが減ることと、B君に危機感を持たせてお尻に火をつける効果が期待できます。
 

同じスタートラインだった同期と月収で12万円差賞与のメリハリを含めると年収で200万円近くの差がつけば、B君も流石に安穏としていられないはずです。

 

提言2 降給の仕組みを入れる

 

多くの企業の人事制度を見ていると、降給の仕組みが存在しないケースが多々あります。

ここで言う「降給の仕組み」とは、社長の独断で給与を下げるようなものではなく、きちんとした評価プロセスを経て、パフォーマンスが基準に満たない社員の給与を減額する制度のことです。
 

例えば、役職を解いた時に役職手当を外すという実例は多くありますが、基本等級や号棒自体を評価によって下げるというルールは存在しない会社も多いです。
 

日中さぼってばかりの社員、不真面目な社員、他人の足をひっぱる社員、、、このような人の給与が下がらないのはおかしなことです。

真面目にやっている社員からすると耐え難いものです。

会社への不信感にもつながります。
 

とくに、職務遂行能力がない上に真面目に取り組まない社員に対しては、その分着実に給料が下がっていく仕組みを制度に入れておいた方がいいでしょう。

解雇できない上に給料を下げることもできなければ、一部の良くない社員の悪影響が全社に広がりかねません。

 

提言3 管理職や高度専門職は報酬を上げて個人事業主化する

 

管理職の報酬はもっと高く設定すべきだと考えます。
 

多くの企業では管理職の給与が残業代のつく担当者に逆転されることがあります。

全く筋の通らない話ですが、これがまかり通ってきたのも事実です。
 

国際的に見ても、日本の管理職の報酬水準は際立って低い位置にあります。
 

管理職は本来責任の重い大変な役職であり、成り手も少ない仕事です。

部下を管理監督するだけの管理職や部下なしの“担当部長”のようなポジションは不要ですが、本来のマネジメントがしっかりできる管理職、チームとして成果を導ける管理職には十分過ぎるほどの報酬を出す価値があります。
 

一方で、管理職や高度専門職などの報酬の高い人材は、雇用契約ではなく、個人事業主としての業務委託契約に切り替えることも選択肢となるでしょう。

彼らはそもそも実力も自信もあるので、1つの会社にしがみつく発想はありません。

自分のやりたい仕事ができる環境で働くタイプの人材です。

これからの時代、(すぐには難しいかもしれませんが)こうした人材には個人事業主として業務委託契約の方がお互いのニーズに近くなるように思います。

 

業務委託契約のメリット

 

働く側のメリット

  • 会社が負担していた社会保険分が上乗せされることで報酬はより高くなる
  • 会社に依存せず自立したプロフェッショナルとして働ける。
  • 余力の範囲で複数の仕事を受けられる
     

会社側のメリット

  • 事業撤退などする場合には、当該事業の管理職や高度専門職の人たちとの契約を終了することができる。
  • 新たな事業に参入する場合にも、リスクを恐れることなく積極的に人材を採用できる。

 

例えばタニタさんが先進的な例として知られているように、個人事業主化はこれからの時代に合った働き方を実現する一つのモデルです。

 

提言4 一般担当者は終身雇用で安定労働力とする

 

管理職や高度専門職ではない一般の担当者は、企業の雇用責任の下、従来通り解雇しない事を前提に安定労働力として活躍してもらいます。

そこで必要なのは、個の能力に依存する仕事をできるだけ減らし、ある程度決められたルールや仕組みに則って仕事をすれば、誰でも一定の成果を出せるようにすることです。
 

日本の労働者は真面目で勤勉な傾向があるので、企業が一定の成果を出すための教育投資を行い、定期的な訓練を入れながら、安定的に働く戦力となってもらうことができます。
 

その中で優れた成果を出す人材には、先ほどの事例のA君のようにどんどん昇給やキャリアアップの機会を提供し、いずれは管理職や高度専門職としてキャリアを積み上げていく流れもつくります。

 

提言5 会社の異動命令権は維持する

 

一般担当者に対する解雇権がないまま事業内容を大きく転換する場合には、経営として雇用リスクが高まります。

従業員から「従来やっていた仕事内容を保証しろ」と言われても、事業がなくなってしまえば現実的に無理です。
 

その場合には、当該従業員を最も活かせる職場に異動させ、新たな部署に必要なスキルをつけてもらう必要があります。
 

会社としても異動先に適応できるよう教育面のサポートなど行いますが、従業員本人がポジティブに新しい仕事に取り組み、自ら学び、自ら変化する姿勢がなければ、その異動はうまくいかないでしょう。
 
異動と異動先での適応努力は、会社として強く求めていいと思います。
 

こうした「異動命令権」を維持することは、企業の柔軟性と競争力を保つために重要です。
 

労使間の適度な緊張関係は今後も維持すべきと考えます。

 

まとめ

 
今回の記事を通して、解雇規制緩和の議論をさまざまな視点から検討してきました。

働き手の自由度が高まり企業とのバランスが崩れたことに対して、解雇規制の緩和を望む経営者も増えていますが、

長期的な成長を考えた場合、社員と企業が互いに歩み寄り柔軟かつ持続可能な方法を見つけることが大切です。

今回提言した5つの方法は、会社と社員が依存し合うのではなく、お互いが自律的に共同歩調をとるためのアプローチです。 
 

加えて最も重要なのは、社員が自ら「ここで働きたい」と感じる環境を提供できるか否かに尽きるでしょう。

解雇規制の有無にかかわらず、企業が社員にとって魅力的な職場を作り、彼らが自発的に成長し続ける組織を構築することが、何よりの処方箋ですよね。

 
 

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筆者紹介

株式会社SUSUME 代表取締役

竹居淳一

「人と組織が強みと言える会社づくり」を支援しています。人事の領域は年々複雑化、高度化していますが、中小企業で実践可能な視点から人材育成や組織づくりのコツを発信しています。 採用、育成、定着化、評価、組織開発、労務などの一連の領域を分断することなく、全体最適の解決策と実行が強みです。

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