社内 賃金格差 は何倍が妥当か?時代とともに変化すべき「企業内給与体系」の設計

2024.05.24

社内における 賃金格差 (社員の給与格差)はどの程度が妥当でしょうか?

また、その差は今度どのくらいまで広がっていくでしょうか?

 
この失われた30年の間、日本企業の社員の賃金はほとんど横ばいでしたが、近年そのトレンドが大きく変化しています。

初任給を大幅に上げる会社、同じ新卒採用でも職種や能力によって差をつける会社、優秀な社員の報酬を大幅に上げる会社など、さまざまな試行錯誤が行われています。
 

今週のブログでは、企業内における役職・能力などにもとづく賃金格差がどの程度広がっていくかを考えていきます。

 

年々広がる社内の 賃金格差 、海外の給与水準との差

賃金格差

 

私が社会人になった30年前、当時私が勤めていた大企業の社長の年収は4,000万円くらいでした。

新入社員の年収が300万円ちょっとだったので、社長の給料は新入社員の10数倍でした。

 
他の大手企業においても、社長の給料は高くてもせいぜい5,000万円という水準でした。
 

現在はどうでしょうか?
 

2022年度の上場企業の取締役のうち報酬1億円以上の人は994人です。(東京商工リサーチ調べ)

報酬を開示している企業に限った情報なので、非開示企業も含めるともっと多くいるでしょう。
 

新入社員の年収が昔と大差ないとすると、現在の社長の給料は新入社員の30倍以上です。
 

海外に目を向けると、米企業の最高経営責任者(CEO)は一般的な従業員の約400倍の報酬を受け取っています。(2021年のデータ。2022/8/20 日本経済新聞より)

米国では90年代は100倍程度だったので、この30年で社長の報酬がさらに高額になっています。

 

次に部長クラスの給与水準を見てみます。

今の日本の新入社員の年収が350万円程度とすると、部長の年収が900万円、大企業に限ると1,193万円(2023/5/17 プレジデントオンライン)なので、部長と新人の差はたった3倍程度です。
 

私は10年ほど前に中国で人材関係の仕事をしていましたが、新入社員の年収約45,000元(現在の為替レート換算約100万円)に対して、部長クラスは300,000~400,000元(650~850万円程度)だったので、部長と新人の差は7~9倍ありました。

タイでも部長の年収は2,000万円程度(経済産業省 2022年5月報告書「未来人材ビジョン」)です。

 
これらを考えると、世界的にも日本の部長の年収は相対的に低いと言えます。

 

「 賃金格差 」は、今後さらに拡大

 

社長と新人、部長と新人、それぞれの社内賃金格差は何倍が正しいか?という問いに明確な答えはありません。

アメリカの格差はさすがに異常だと思いますし、日本がこれまで労使一体となり、少ない格差で協力的に企業運営してきた良さも否定はできません。

 
しかしながら、今後は日本においても社内賃金格差はさらに拡大する方向にあると考えます。

その理由は、人材のグローバル市場化、職種専門性の追求、自動化やAIによる仕事の変化、能力差の拡大、の4点です。

 

人材のグローバル化

 

グローバル企業における人材獲得は国籍など関係ありません。優秀な人材を世界から集めます。

国をまたぐ人事異動なども増えてくるので、同じ仕事なのに働く国によって報酬が異なる制度は運営ができません。
 

結果として、同じポジションであれば全世界共通の報酬に近づいていくので、相対的に低かった日本人の給与水準が上がります。
 

同じ社内でもローカル人材はさほど影響は受けませんが、グローバルに活躍できる人材の報酬水準は大きく上がっていくため、社内における差が広がります。

 

職種専門性の追求

 

日本企業には3年おきに人事ローテーションを繰り返しながら人材を育てていく育成文化がありました。

今後も一部は継続しますが、多くの人は職種をまたぐ異動よりも1つの職種で専門性を高めるキャリアを志向していきます。
 

専門能力の高い人材は転職市場でも高く評価されるので、専門人材の報酬が上方に引っ張られます。

既に、ファイナンスのプロ、法務のプロ、人事のプロ、マーケティングのプロ、サプライチェーンのプロ、生産技術のプロなど、高度なスキルを持つ人の年収水準は上がっています。
 

このように、専門性の高い人材とそうでない人材の社内賃金格差はさらに広がっていくでしょう。

 

自動化やAIによる仕事の変化

今後、処理的な業務はどんどん人間の手から離れていきます。

例えば、銀行の窓口業務や書類作成、データ処理・集計、モノの製造といった仕事です。

加えて、これまでクリエイティブと思われていた仕事であっても、パターン認識的な企画業務は、人間よりAIにやらせた方が早く的確な解を出してくるでしょう。
 

例えば、医師の画像診断、弁護士の離婚訴訟のような過去の判例で答えが出るもの、営業会議の報告資料作成、部下の商談改善指導などの業務です。

住宅の設計なども、マンションの部屋の形状を入れればAIが最適な間取りを瞬時に出してくれます。
 

これらの動きが何を意味するかというと、単純労働に限らず、一定の事務スキル(エクセルスキルや処理スキルなど)を備えた人材の仕事もなくなり、クリエイティブ度合いの少ない企画職の仕事もなくなり、中間管理職の業務の一部すらなくなるということです。

低い年収の人の仕事がなくなるというより、ほどほどの給料をもらっている中間層の仕事がなくなっていきます。
 

一方で、自社の業務のDX化を推進し、AIを業務に活用し、組織をそれに適応させていく・・・というような「変化をマネジメントする」仕事は人間にしかできず、しかもこれらは難易度が非常に高い仕事になります。
 

結果、必要とされる高度人材とあまり必要なくなる中間層人材の給与に、さらに明確な差をつけざるを得なくなるでしょう。

 

能力差の拡大

 

かつて、学生時代に起業経験のある就活生などほとんどいませんでしたが、今はそういう経験をもつ学生がたくさんいます。

長期インターンシップでビジネス基礎を身に着け、バリバリ新規営業できる学生もいます。

一方で、昔の学生のように特に勉強もせず、普通に遊んでバイトして・・・という学生もいます。
 

つまり、新入社員であっても入社時点で既に大きな差がついています。
 

できる学生は2~3年目の先輩をあっという間に抜き去ってしまうレベルである一方、入社から3年ほど時間をかけて指導、やっと一人前になる社員がいることも現実です。
 

これだけ差があるとやはり「全員が同じ給料」というわけにはいかず、入社時点から明確に差をつけていかざるを得ません。

 

そもそも人の能力差は何倍か?

同じ社員で給料の高い人と低い人の給料の差は、「能力差」であり「貢献度」の差です。

では同じ人間でありながら実際のところどこまで差がつくものでしょうか?

非常にざっくりですが、人の能力を以下のように分解して試算してみたいと思います。

 

能力差を測る指標

 

 

以上、13の要素に分けてみました。
 

仕事の能力がこの13の要素の掛け算 × × ・・・)で決まるとしたらどうなるでしょうか?

仮に13の要素それぞれで2倍の差がつくと仮定すると、2の13乗で8192倍の差がつきます。

 

13だと要素の数が多いのでもっと少なくし、以下のように8つの要素にまとめることも可能です。

 

テクニカルスキル(実務スキル・実務知識・専門知識)

ヒューマンスキル(伝える力、理解力、ファシリテーション力、感情力)

コンセプチュアルスキル(問題発見力、原因分析力・問題解決力、クリエイティビティ)

行動力・スピード

ITリテラシー

マネジメント力

リーダーシップ

健康・メンタルタフネス

 

この8つの要素それぞれにおいて2倍の差がつくとすると、2の8乗で256倍の差です。

 

非常にざっくりした計算ではありますが、あなたの肌感と比べてみていかがでしょうか?

最初の8000倍はさすがにないとしても、100~200倍程度の差は十分につくことが何となくイメージしてもらえたのではないかと思います。
(通常の仕事ではここまで差がつきませんが、変化を作り出し、組織を導き、他者の行動を変え、問題を適切に解決するような仕事においては、最終的に数百倍の違いをもたらすという意味です)
 

新入社員の年収を350万円として、100倍だと年収3.5億円。

200倍だと7億円。米国の400倍は行き過ぎだとしても、真に有能な経営者であるならば、200倍位は合理的な範囲と言えるかもしれません。

部長クラスにおいても、新入社員の50倍位の力を発揮する人は当然出てくるので、年収1億円超の部長が出てもおかしくありません。

 

まとめ

 

同じ会社内における賃金格差が開いていく可能性についてお伝えしました。
 

ただし一括りに幹部が皆、高い報酬をもらうということではありません。

大手企業の社長であっても、幹部の担ぐ神輿に乗っかっているような社長業ならば、年収1億円でも高すぎると言えるでしょう。

ダイキンの会長を退任された井上氏は、社長就任からの30年間で売上高を12倍(3708億→4兆3953億)、純利益を289倍に伸ばしました。
井上氏以外の人が社長に就任していたら、30年経っても以前と同等の利益か、もしくは減らしていたかもしれません。
そのくらい、上に立つ人による差は大きいと言えます。
 

課長レベルも同様です。

管理職の中でも、上司の指示に沿って管理を行なうだけの管理職は、一般社員との給与差をさほど付ける必要はありませんが、会社の将来を大きく左右する仕事を担える管理職に対しては、もっと差をつけていいのではないでしょうか。
 

今後は、真に飛び抜けた人材を見抜き、平均的社員とは全く異なる報酬水準を提示し、若いうちからトップマネジメントに引き上げていく育成が必要になります。

人事制度面では、報酬の上限の考え方が変わり、通常の昇格ステップを歩む人と、抜きん出て優れた人材を処遇する方法の可変性も求められる時代になっていくでしょう。

 
社員の貢献度や能力に応じた適正な報酬設定は、組織の活力を保ち、優秀な人材を確保・育成するために不可欠な要素です。

柔軟かつ公正な給与体系を設計することで、持続可能な成長を目指していきましょう。

 

 

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筆者紹介

株式会社SUSUME 代表取締役

竹居淳一

「人と組織が強みと言える会社づくり」を支援しています。人事の領域は年々複雑化、高度化していますが、中小企業で実践可能な視点から人材育成や組織づくりのコツを発信しています。 採用、育成、定着化、評価、組織開発、労務などの一連の領域を分断することなく、全体最適の解決策と実行が強みです。

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