近年「 職種別年収 」を人事制度(給与制度・等級制度・評価制度)に反映して見直しを進める会社が多くあります。
ITエンジニアやwebマーケティングなどの「専門性の高い人材」を中途採用しようと思ったときに、自社の報酬制度では対応できない給与水準となり、採用を見送ったことはありませんか?
このように、一番難しいと感じるのは「職種によって異なる給与水準を社内でどのように扱うか」という問題です。
この問題は正解があるわけではなく、私も会社の個々の実情に応じて悩みながら進めていますが、今週のブログではこの問題が複雑化している背景を考えていきます。
自社の報酬制度をより良いものにするきっかけになれば幸いです。
目次
日本における 職種別年収 の特徴
以下の表は業種別の平均給与です。
こちらの表からわかるように、日本では業種による給与差があります。
続いて企業規模別の差はこちらの通りです。社員数の多い企業ほど給与も高い傾向があります。
一方で、同じ企業内における給与差は小さいのが日本企業の特徴でした。
例えば先ほど業種別で1位の「電気・ガス・熱供給・水道業」では、社内において同じ「課長職」であれば、営業だろうが総務だろうが技術者であろうが、給与に差がほとんどないのが特徴です。
基本的には全社で1つの給与テーブルで運用するため、「職種を超えた人事異動がやりやすい」「全社で一体的な制度運営ができる」というメリットがありました。
職種別年収 が広がる動き
現在下記の3つのトレンドにより、職種間の給与差が広がる方向にあります。
- 転職市場の活発化
- 人材のグローバル化、居住地フリー化
- 職業の専門分化、高度化
転職市場の活性化
転職が活発になるほど、市場原理が働きます。
ITエンジニアに代表されるように、転職市場において「 需要 > 供給 」の職種は取り合いが激しくなるため、自ずと報酬が上がっていきます。
例えば中小企業で年収400万円で働いていたITエンジニアが、大手企業のIT部門に採用され年収が600万円に上がるようなことが普通に起きています。
優秀な管理職層においても取り合いが激しくなり同様の動きが見られます。
人材のグローバル化、居住地フリー化
ITエンジニアは居住地や言語に縛られない職業なので、日本にもインドなど外国出身の高等技術者が増えていますし、日本にいながら海外企業で働く人材も出ています。
給与相場はグローバル価格に引っ張られる方向に向かいます。
例えば、日本とアメリカのITエンジニアの給与格差はまだ非常に大きいですが、段階的に縮まる方向に行くでしょう。
SEの給与:米国は日本の1.7倍
プログラマーの給与:米国は日本の1.85倍
(テクノプロ・ホールディングス株式会社「エンジニア給与の日米比較」調査 2019年)
リモートワークの普及も市場原理が加速する要因になります。
居住地にとらわれず仕事ができるようになり、今までは地方で暮らす人は地元企業で働くしか選択肢がなかったのが、引越しせずして東京の会社に就職し、東京水準の給与をもらうことが可能になりました。
能力がある人ならシリコンバレー水準だって可能でしょう。
職業の専門分化、高度化
ピーター・ドラッカーが述べているように、仕事の専門性はどんどん細分化され、高度の専門性が要求されるようになっています。
知識労働は細分化されざるを得ない。知識労働は専門的である。あまりに専門的であるがゆえに、ほとんどの組織において細分化されざるをえない。したがって、知識労働者を基盤とする組織にとっては、それら細分化された専門知識をいかにマネジメントするかが大きな謀題となる。
この10年ほどで急速に専門性が高まった職業として、例えば以下のような職種があげられます。
データアナリスト、AI関連エンジニア、webマーケティング、新規事業開発、採用
これらの業務は、過去に経験していない人が人事異動により急に担当しろと言われても対応することが難しいです。
時間をかけて社内で育てるか、経験豊富な専門人材を外から引っ張ってこない限り、市場で競争しうるレベルに到達できなくなりました。
希少性が高い職種でもあるので、報酬も高い水準にならざるを得ません。
職種間横並び給与制度の限界
職種間の給与差が広がるにつれ、従来型の全社一本の人事制度では対応が難しくなりました。
全社一本の人事制度は、3つの理由で壁にぶつかっています。
中途採用の限界
中途採用でエンジニアやマーケティング職など報酬の高い人材を採用する際、その人の前職給与を自社の等級に当てはめることができない場合があります。
例えば社内の等級でいくと3等級レベルの人材ですが、前職給与は4等級~5等級に相当するため、既存の制度では対応できません。
優秀人材の流出
社内に生え抜きのエンジニアがいたとします。
現在3等級に属し、非常にバリバリ活躍している社員ですが、ある日突然退職願を出しました。
聞いてみると、給与20%増しの条件で他社にスカウトされたと言います。
社内の制度では正当に評価されていましたが、エンジニアの市場の報酬水準と比べると見劣りする金額であったため、引き抜かれやすい状態になっていました。
新卒横並びの崩壊
これまで「新卒の給与」は同じ会社の大卒社員であればほぼ同額でした。
入社してから配属が決まる仕組みなので、行き先がどこであろうが同額です。
しかし最近の新卒採用では「職種紐付き採用(≒ジョブ型採用)」が増えたため、職種によって高額の報酬を提示する会社が増加しています。
新卒でいい人材を確保するためには、全員一律の報酬体系ではなく、職種や能力に応じた初任給を設定することも考えなければなりません。
入社というスタートラインで既に異なる報酬を提示する以上、入社以降も全員を同じ給与テーブルで処遇していくのが難しくなってきますね。
自社の報酬制度 向かうべき方向性
各企業が望むことは非常にシンプルで同じです。
- 優秀な人材には辞めずに長く活躍してもらいたい。
- 必要な人材を中途採用市場から採用できるようにしたい。
従来も職種による報酬の違いはありましたが、今ほど顕著ではなかったので、「従前の制度+α」の中で何とかやりくりして対処していました。
従前の制度+αの例
■ 保険会社が営業職だけ歩合制契約社員とする
■ 運送会社がドライバーのみ別の制度で処遇する
■ 一部の専門職や高度人材に限り、年俸制社員として市場価格に近い給与で採用
しかしそれぞれの職種の金額差が広がってくると、一部だけの例外対応では対処できなくなります。
本来人事部門としてはシンプルな制度が望ましいですが、より複線的な制度対応をせざるを得ません。
具体的には以下のような方法があります。
どれか1つとは限らず、複合的に組み合わせたり、管理職のみ異なる制度を取り入れるなど、各社なりの考え方で対応しています。
▼職種別賃金制度
以下のような職種区分毎に賃金等級を定め、それぞれに応じた業績を評価を行いながら昇給昇格していきます。
- 製造職
- 生産技術職
- 営業職
- 研究開発職
- マーケティング職
- 企画・管理系職種
- ITエンジニア
仮に各職種に6段階の等級を設けると、同じ「3等級」でも職種によって異なる給与になります。
各職種の中で、成果、役割、能力などに応じて等級が上がれば給与も上がります。
▼ジョブ型
それぞれの業務内容と難易度に応じて職務を定義し、各々の職務に応じた給与水準を定めます。
給与水準は市場価格を参考にして定めます。
職務が変われば給与も変わりますが、職務が変わらない限り給与は上がりません。
近年グローバル企業を中心にジョブ型を取り入れるケースが増えています。
▼完全年俸制
プロスポーツ選手に近いイメージですが、社員個々の能力を市場価格に照らし合わせて毎年の年俸を決めるものです。
成果に応じてメリハリある報酬を提示することが可能です。働き手も自立した存在として会社に依存せずに働くことが可能です。
▼業務委託
正社員として雇用するのではなく、個人事業主に業務委託として仕事を発注する形態です。
基本的には自社の仕事をメインでやってもらいますが、個人事業主なので他の会社の仕事と平行することも可能となり、働き手にとってもメリットがあります。
雇用関係ではありませんが、仕事の成果にこだわった緊張感ある関係を築くことができます。
また自社の報酬水準に合わせるとフルタイムでは雇用できない専門人材を活用することも可能になります。
▼別会社化
報酬水準の異なる職種を別会社にする方法もありえます。
一部の職種の機能を担う別会社をつくり、その会社独自の人事制度を作る方法です。
例えば、社内システム部門を別会社化して本体よりも高い報酬水準の制度を用意すれば、人材の採用がやりやすくなります。
本体の他の職種との報酬差については、「会社が違うから制度も違う」という説明をすれば社内矛盾目標生じにくくなります。
自社の最適解はどこか?
職種毎の給与差をつけない人事制度では限界があります。
しかし単に差をつければいいというものではなく、自社のビジネスの特性や職場の状況にあった制度を考える必要があります。
例えば工場の現場のように、積み重ねや蓄積が大事な仕事、かつチームワークが重要な仕事においては、高い年俸でどしどし中途採用するのは合いません。
若手人材をしっかり育て、長年そこで頑張ってくれるような制度が望ましいです。
ジョブ型のように役割によって給与差を明確にしすぎると、自分の役割以外の仕事をやろうとしなかったり、組織的な業務運営が難しくなる恐れもあります。
社員同士の差をあまりつけず、会社の成長とともに皆の給与を上げていきたいとお考えの経営者もいるでしょう。
その場合、専門性の高い職種においては外注や業務委託・一部年俸制などを活用し、それ以外の職種は従来型の人事制度で運営する方法もありえます。
職種別年収 への人事対応 まとめ
日本では同じ会社内における職種間の給与差が少ない傾向がありました。
しかし近年の労働市場の変化や仕事の専門性の細分化により、職種毎の給与差が市場原理によって広がる傾向にあります。
従来型の全社一本の等級制度では専門性の高い人材を処遇することが難しくなっており、人事制度の複線化、フレキシビリティが求められています。
これからの時代の人事は、自社のビジネスの特性や職場の状況、必要とする人材のマーケット動向を踏まえ、自社にあった制度を考えていかなければなりません。
人事の仕事は社内に閉じることなく、マーケティング部門のように労働市場のトレンドを敏感に感じながら舵取りををする時代とも言えるでしょう。
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