人事権
会社組織は基本的にピラミッド型の組織構造にもとづいて運営されており、上から下に向けて指示が流れるのが一般的です。
しかし何らかの変革を行なおうとする場合、この流れではスピードが遅すぎたり、途中にボトルネックが生じたりすることがあります。
改革に反対する人などが中間管理職に存在すると、経営陣が何と言おうが現場は動かない、なんてことも起きます。
この問題を回避するために、第三者的組織が介在したり、社内プロジェクトを立ち上げたり、さまざまな対処策があるものの、最終的には人事権を伴うフォーメーションを作らないと結果が伴いません。
今週のブログでは、「組織改革において人事権が重要な理由」と「人事権を活用することによって特に反対派の人々を動かす方法」についてお伝えします。
目次
人事権 が重要な理由
人事権とは、上司が部下に対してもつ人事上の権力です。
「上司」は部下が何の仕事にどの程度の時間を使うか、何を優先するかというような仕事の割り当てについて決定権を持ちます。
さらに、人事評価において最も影響力を持つ存在でもあります。
部下にとっては、自分の昇給昇格や、将来の異動の可能性などにも大きく影響を与える存在が、人事権のある上司です。
会社として改革を進めようとする場合、ときには社員が望まない変化を強いる必要性が生じ、人事権を武器に強制力を発揮することもあります。
逆に人事権を伴わない形で改革を進めようとすれば、途中で頓挫する可能性が高くなります。
改革が進まなかった具体例&改善策
人事権が行使できないために改革が進まなかった事例をいくつか紹介し、その改善案を見ていきたいと思います。
例1:営業現場の改革
私がかつていたA社では、営業部門のマネジメントや若手の育成方法などが時代に合わなくなってきたため、社長の号令で営業組織改革を進めることが決まりました。
ところが営業部長がこの号令にあまり協力的でありませんでした。
改革の趣旨は理解してはいたものの、自分がこれまでやってきた営業組織を否定することは、自身の否定にもつながりかねないと考えていたためです。
そこで当時経営企画責任者であった私が営業改革プロジェクトの責任者として社長から指名されました。
私はまず営業現場の状況を把握し、いくつかの角度から改善案をまとめ、現場改善に着手しました。
営業課長達は改善プロジェクトを歓迎し、現場情報も包み隠さず出してくれ、当初は協力的な姿勢を見せました。
しかし、いざ具体的な改善を進める段になって、彼らの動きが悪くなりました。
上手くいかなかった理由
理由は3つありました。
1. 営業課長の上司である営業部長が当プロジェクトに賛同していなかったため、課長たちがその動きをとることを暗に抑えつけていました。
直上司が積極的でないのを感じ取った営業課長たちは自ずと動きが鈍ってしまいました。
2. プロジェクト責任者である私は課長達にもっと積極的に動いてくれるよう懇願しましたが、彼らは「やります」という言葉のみで、具体的な行動が伴いませんでした。
私は彼らの上司ではなく別の部署の人間であったため、改革業務を強制する人事権という伝家の宝刀が使えませんでした。
3. プロジェクトの活動が課長たちの人事評価には直接関係なかったので、課長たちは力を入れようとしませんでした。
後から振り返れば、このケースはプロジェクトの体制自体が最初から失敗に向かって突き進んでいるようなものでした。
もし改革を実現するための効果的な体制を構築するなら、以下の方法が適切であったと考えられます。
改善策
■ 人事権を持つ営業部長が改革プロジェクト責任者となる
営業部長を社長直下のプロジェクト責任者に任命します。営業部長が改革に前向きでないならば早期に別の人材を営業部長とするか、社長が一時的に営業部長を兼任します。
■ 人事権がない人材は補佐役になる
経営企画責任者の私は改革プロジェクトの責任者にはならず、責任者の推進を補佐する存在として動きます。
■ プロジェクトを課長たちの人事評価対象に含める
これにより課長たちは積極的にプロジェクトに取り組むようになり、組織の目標達成に貢献することが期待されます。
以上の体制が、改革プロジェクトの成功に向けたセオリー、王道であったと言えるでしょう。
例2:営業現場の改革全社人材育成推進
B社では「全社で人材育成を推進しよう」という動きが社長の掛け声の下でスタートしました。
具体的には、社員の等級に応じた育成プログラムのオンライン受講、研修への参加、各自のスキル向上の目標設定と評価などを進めることとなりました。
会社には4つの事業部があり、キーマンはその4事業部長でした。
上手くいかなかった理由
2人の事業部長は人材育成に熱心で、部署の社員たちを積極的に参加させました。
ところがもう2人の事業部長はあまり乗り気でなかったため、部署の社員たちに「あくまでも業務が優先。プログラム受講や研修参加は余裕ある範囲で」というメッセージを出してしまいました。
結果として2事業部では、仕事に穴をあけて研修参加するのが歓迎されない空気が蔓延し、参加率は極めて低いものになってしまいました。
これを受けた社長は事態を重く見て、2人の事業部長を呼び出し
と伝えました。
ところが彼らは
「研修等の参加で時間をとられてしまうと今期の目標達成が危ぶまれます」
「目標に届かなくなってもいいですか?」
と反論しました。
反論に対して社長は明確な返答をせず
「まあやむを得ないか・・・」
と曖昧な対応をしてしまったため、2人の事業部長は「人材育成は後回しで良いと社長からお墨付きを得た」と受け止め、部下にもそのように伝えました。
その情報が巡り巡って、積極的に参加していた2事業部の社員達にも伝わり、全社的に人材育成ムードが失われてしまいました。
改善策
このケースにおいて、本来社長はどう対応すればよかったでしょうか?
人材育成に前向きでなかった2事業部長は社長の直部下だったので、社長には人事権があります。
社長はしっかり人事権を行使すべきでした。
社長が伝えるべきだったのはこうです。
「今期の数字はもちろん追いかけてもらうが、それと並行して人材育成も必ずやって欲しい」
「どちらか1つではなく、2つをいかに両立させるかも経営であり、あなた方には経営陣になるためにも必ず乗り越えて欲しい」
「これは社長からの業務命令です」
経営者としての責任を果たすためには、重要な局面でこそ人事権を行使して明確な意図を伝えなければなりません。
例3:2人の上司
続いてC社のケースをご紹介します。
Mさん:経理部担当者(仙台支店)
Xさん:Mさんの直上司(東京本社)
Oさん:Mさんの業務を管理指導する役割(仙台支店)
OさんとMさんは実務上繋がりのある仕事なので、OさんからMさんに仕事をお願いすることがよくありました。
「Mさん、この仕事をお願いします」
ところがMさんは手間のかかる仕事を頼まれると嫌そうな顔をして
「もし私がやるなら上司のXさんを通してください」
と言います。
困ったOさんはMさんの直上司のXさんに相談しましたが、Xさんは仙台支店の業務の状況まではわからないので
「Oさん、Mさんとよく話し合ってください」
という指示のみで、Oさんは八方塞がりになってしまいました。
上手くいかなかった理由
このケースの問題点は、Xさんが上司の責任を果たしていないことです。
具体的には、Mさんの普段の仕事ぶりやMさんの業務進捗状況など、本来上司が知っておくべきことを理解していない点です。
Mさんを厳しく育てる姿勢も持ち合わせておらず、どこか他人事という問題もあります。
Mさんも直上司が仙台にいないのをいいことに、誰からも厳しく管理されない環境を享受しつつ、都合のよい時だけ東京の上司を使うという悪い癖がついてしまいました。
このように上司がはっきりしないとか、2人の上司がいる、みたいな状態は上手く機能しません。
改善策
Mさんに上手く機能してもらうには、このような方法が適切だったでしょう。
■ 東京本社のXさんを唯一の上司とする
Xさんは小まめにMさんと連絡をとり、業務の状況、進み具合を確認し、さらにXさんを成長させることに責任を持たねばなりません。
Mさんの仕事ぶりが悪ければ、降格させたり、厳重注意するなどの対応も含めて、人事権をしっかり使う必要があります。
■ Oさんを最初からMさんの上司として配置する
Mさんへの細かい指導が難しいということならば、現地のOさんにMさんに対する人事権を持たせ、直接指導してもらう方法もあったでしょう。
人事権 の行使
人事権の行使が上手く機能していないために改革が進まなかったり、日々の仕事に支障が出る事例を見てきました。
上司による人事権の行使について改めて整理するとシンプルに以下の4つに集約されます。
① 役割の定義・業務の(優先順位の)指示
② 評価
③ 配置・異動
④ なすべき事をなさない時の対応
① 部下がどのような役割で、何に対して責任を持つか・どのような業務を行うかを明確にすること
複数ある業務において、どれを優先的に対応するかの指示も重要です。小まめな見直しも必要です。
② 仕事の結果に対して評価をつけ、昇格、降格などの根拠材料を提出すること
③ 部下の能力や適性、キャリア志向に応じて仕事の内容、役割を調整し、適性度の高い仕事に配置すること
④ なすべき事をやらない部下がいた場合、それを放置せず、厳しく指導し、きちんと取り組むよう導くこと
やらない部下が組織のボトルネックとなっている場合には、当該部下を外し、別の人材を充てるなどの外科手術も執り行います。
まとめ
改革が進まない、部署内の仕事が進まない、といった時には組織内の人事権が適切に行使されているかを点検することが重要です。
人事権が適切に行使されているか?以下の点について考えてみましょう。
- プロジェクトの責任者は人事権をもっているか?
- 人事権のない人の頑張りに依存し過ぎていないか?
- 上司が人事権を理解し、有効活用しているか?
- 社員が自分の上司を正確に把握できているか?
- それぞれの社員において、力を入れている仕事が人事評価の対象になっているか?
改革プロジェクト等、大きな変革を伴う仕事においては、社内のさまざまな関係者や協力者が必要ですが、最終的にはチームメンバーに対して人事権を持つ人物がチームを率いることが大切です。
人事権を持つ責任者がいることで、指示系統がシンプルになり、皆の行動に統制がとれ、目指す方向に無駄なく進んでいくことにつながります。
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