今年3月決算を終えた会社の2021年度の振り返りを見ていると、「”パーパス”を策定しました」という企業が多くありました。 パーパス経営
パーパスとはどのようなものでしょうか? ソニーさんとピジョンさんの例です。
ソニー株式会社
~Purpose(存在意義)~
クリエイティビティとテクノロジーの力で、 世界を感動で満たす。
ピジョン株式会社
~存在意義 我々が社会において存在している意味、そして果たすべき役割~
赤ちゃんをいつも真に見つめ続け、 この世界をもっと 赤ちゃんにやさしい場所にします
近年「 パーパス経営 」という言葉をよく耳にするようになりましたが、
”パーパス”が流行っているから自社も策定しようと思ったのか
本気でパーパスを定める必要性を感じて会社を変えようとしているのか
その根っこの動機が大事です。
「パーパス経営」は昔からある考え方の延長戦上の側面と、新たな側面も含む考え方です。
取り入れる会社もあれば、取り入れない会社もあっていいですが、パーパス経営の実像と意義は理解しておくとベターです。
今週のブログでは、中小企業がパーパス経営をどのように捉えるべきか、中途半端に取り入れる危うさと本気で取り組む意義についてお伝えします。
目次
経営の世界は流行語だらけ
この5年程度を振り返ってみるだけでも、経営の流行語がたくさんありました。
「働き方改革」「ダイバーシティ」「DX」「ビッグデータ」「テレワーク」「ジョブ型雇用」「パーパス経営」・・・
一つでも本気で取り組んで形にした会社がどの程度あったでしょうか?
「DXの本当の意味を理解しないままDXと声高に叫ぶ企業が多い」と、IT業界の識者達は嘆いていましたね。
このようなバズワードは、BtoBでビジネスをしている会社にとっては貴重な商売ネタでもあります。
巷には常にバズワードを冠にかかげたセミナーがあふれています。
しかし中小企業にはこうしたバズワードに踊らされている余裕はありません。
本当に自分達にとって価値あるものかを見極め、価値があると判断したならば、つまみ食いではなく徹底的に自分のものにしていく迫力が必要です。
パーパス経営は新しい概念か?
では「パーパス経営」とは本当に新しい概念でしょうか?
「パーパス経営」という言葉を初めて聞いた時、私は経営理念でいうところの「ミッション・ビジョン・バリュー」の”ミッション”と何が違うのだろうと思いました。
どちらも日本語にしたら、「企業の存在意義」と言い換えられます。
人によってはミッションとパーパスの定義は違うと仰りますが、私はそこまで細かく用語の違いにこだわる必要はないと思っています。
パーパス経営で抑えるべき明らかなメッセージは「パーパス > 利益」というところです。
「利益 > パーパス」ではなく、利益よりもパーパス(存在意義)の実現を優先するという考え方です。
会社が何のため、誰のために存在し、社会に向けて何をする会社かを明確に定め、それを最優先に経営するという経営方針に他なりません。
あえて極端な例を出しますが、「地球環境との共生」をパーパスに掲げる日用品メーカーが
「環境に優しいけどコストがかかり利幅の薄い商品」と「儲かるけど環境に負担をかける商品」
で迷ったら、前者の商品を市場に投入するという考えです。
過去の考え方との比較
パーパス経営を過去の考え方と比較してみましょう。
近江商人が商売で大事にしていることとして言われる「三方良し」は、「売り手良し、買い手良し、世間良し」。
3つのバランスが大事だと言っています。
つまり、お客様の満足も、自社の利益も、社会への貢献もいずれも大事という考え方です。
渋沢栄一の「論語と算盤」は、社会貢献と利益の両立を唱えています。
「三方よし」「論語と算盤」はいずれも企業活動と社会の共生を重視している素晴らしい考え方ですが、「パーパス経営」はより踏み込んで「パーパスが利益に優先する」というところに違いがあります。
(※「パーパスの実現も、利益も、社員の満足も全て大事です」としたら、過去の考え方と違いがない)
今なぜパーパス経営か?3つの背景
今パーパス経営が話題となっているのには3つの背景があります。
株主重視経営の限界
1つは米国の長期に亘る株高を支えた「株主重視経営」の限界です。
経営者が株式報酬を通じて従業員の何千倍もの報酬を得るいびつさ、貧富の差の拡大など、マイナス作用が大きくなり過ぎたことからくる反省です。
会社は単にお金儲けの道具ではなく社会の一員であるという考え方は、日本人にとっては比較的当たり前の感覚ですが、世界的に改めて見直されるようになりました。
形だけの経営理念の限界
世の会社はどこも経営理念をもっており、その理念の中で社会貢献や世の中に対する存在意義を述べています。
しかし、その定義が曖昧であるが故に何も実効性がなかったり、額縁に飾った経営理念で終わる場合が多くありました。
例えば食品メーカーが「食を通じて豊かな暮らしを実現する」という理念だとしたら、全ての食品メーカーに通用する言葉であり、その会社ならではの個性が表現されていません。
結果として、目指すものがはっきりせず、掲げただけの理念で終わってしまいます。
日本の社会的背景
世界的にいち早く少子化に移行した日本では、今後の経済成長はあまり見込めません。
高度成長期のように、会社がどんどん利益をあげて、社員に配分し、社員の給与が毎年上がっていくという高度成長期モデルはもはや成り立ちません。
会社勤めしなくてもお金を稼ぐ手段は多様化しています。転職だってその気になればいくらでもできます。
このような社会状況の中で会社が社員を引きつけるためには、そこで働く意義が大切になってきました。
ただしパーパスが絶対ではない
パーパス経営が必要とされている背景について述べましたが、パーパス経営は皆が必ず取り入れるべきものではありません。
企業にはそれぞれの発展形態がある
経営者は誰でも感じることですが、企業の発展形態は様々です。
①この商売をやったら儲かりそう
→頑張って働いて儲かる会社になった
→儲けるだけでなくもっと社会に還元していこう
→尊敬される会社になりたい
②社会貢献する会社を作ろう
→理念はいいけど全然儲からない
→社員がやめていく
→綺麗ごとだけでは会社は存続できないので、儲かる商売に絞り込む
→徐々に利益が出る
出発点は異なりますが、企業活動は常に利益と社会貢献の狭間で揺れ動き、最終的には両立できる状態を目指していくものです。
したがって、猫も杓子も「パーパス経営をしましょう」というのは危うい議論です。
社員を引きつける理由はパーパスだけではない
「パーパス(会社の存在意義)」は社員を引きつける力をもっていますが、会社が社員を引き付ける要素はそれだけではありません。
- 報酬が業界のどこよりも高い!
- 頑張ればぐんぐん給料が上がる!
- 当社で仕事すれば大きく成長できる!
- 働く仲間が最高!
などなど、他にも色々な要素があります。
パーパスがどんなに立派でも、安月給でこき使えば社員は離れていきます。
仕事がつまらなかったり、成長がなければ、社員はそこに長くいようとは思いません。
中小企業は社員に対してあれもこれも魅力をたくさん与えることはできません。
限られた中で、自社の魅力は何か? 当社で長く働きたいと思える魅力をいかに演出するか? を突き詰めていくしかありません。
魅力づけの数ある要素の中で有力なものの1つに「パーパス」があると理解してください。
パーパス経営の徹底
パーパス経営を軸に経営していくと決意したならば、徹底して形にしなければ意味がありません。
徹底するには下記の6点を抑える必要があります。
①パーパスの決定
パーパスについて社内で本気で議論して決定する。外部に丸投げして作らせるなどもってのほか
②未来の姿の明示
社長は、パーパス実現に向けて今の事業がどのように変化していくか、取り組み姿勢がどのように変わるかを社員にわかりやすく伝える
③社員1人1人の自分事化
パーパスを実現することが自分にとって具体的にどのようなことなのか、各部署、各個人で議論、思考し、それぞれが明確なイメージをもつ
④主要会議におけるパーパスチェック
取締役会や経営会議など重要な会議では、あらゆる意思決定がパーパスに反していないかを常に検証する
⑤パーパス違反の検証
社長や幹部の発言がパーパスに反していたらパーパスは簡単に形骸化してしまうので、経営幹部は常にパーパスと自分の行動・発言を振り返る機会をもつ
⑥パーパスのPDCA
パーパス経営もPDCAが大事なので、定期的に到達度を振り返り、適宜見直しを行う。社内広報もしっかり行う
①、②くらいまではきちんとやる会社が多いですが、③あたりから怪しくなります。
⑤はもっとも失敗に陥りやすい原因です。
「うちの会社、格好いいパーパスを掲げているけど、部長は結局利益しか頭にないからね・・・」なんて社員に言われたら、あっという間にパーパス経営はぐらついてしまいます。
当たり前ですが⑥のPDCAは不可欠です。
パーパス実現への道のりは長く終わりのない道程ですが、飽きることなく、年度、半期、四半期などの節目においてPDCAを回し続けなければなりません。
パーパス経営検討事例
最後に、パーパス経営に向けてパーパスの定義を議論している事例をお伝えします。
企業の社員食堂を運営しているA社の場合
A社は現経営陣の祖父の代に創業し、日本の高度成長と共に発展してきました。
お客様からも長年にわたる信頼を積み重ねてきました。
しかし製造業の海外移転、日本の人口減少、コロナ禍による出勤の減少など、時代の流れとともに逆風も受けてきました。
今、会社はこれからどこに向かっていったらよいか、社内で様々な議論を交わしています。
創業当初は日本がまだ貧しく、しっかりご飯を食べられることが幸せだったので、会社の使命は食堂に来る社員達におなか一杯ごはんを食べてもらうこと。それが何よりの社会貢献でした。
現在の課題 そしてパーパス策定へ
しかし時代は流れ、美味しいものがあふれるようになりました。
ビジネスモデル的にも、社員食堂は価格の上限がある程度決まってしまうので、なかなか値上げや高付加価値商品などが難しく、一方で材料費などコストは上昇傾向にあり、利益を出すのが容易でなくなりました。
結果として社員への還元なども思うようにいきません。
そのような状況の中で、社員が心からやりがいをもって、イキイキ楽しく働き、会社とともに物心両面で発展していけるにはどうしたらいいか?
それがA社のパーパスの定義につながっています。
パーパスはまだ最終的に固まってはいませんが、途上の議論で出ている内容だけ共有します。
■ 社員食堂を通じて培った、「栄養バランスの良い食事を大量かつローコストで提供するノウハウ」を他に展開できないか
■ 社員食堂を単に昼ごはんを食べにくる場所ではなく、社員が来たくなる場所にできないか ・社員食堂自体に「皆が集まる場」としての独自の価値を出せないか
■ 飲ミュニケーションが減ってきた中で、社員食堂を職場コミュニケーションの場所に転換できないか
■ 食の健康、安全をつきつめたら、昼ごはんの提供だけに留まっていていいのか
■ 「働く人の食」ととらえたら、共働き夫婦の夜の食事を助けられないか
■ 社員の食事だけでなく、社員の家族の健康まで価値を出せないか
■ 女性かつママさんの管理栄養士がたくさんいるので、食育の観点から子育てを支援できないか
他にも色々な意見、アイディアが出ています。
A社の社員は調理師、管理栄養士など専門スキルをもっている人が多く、その能力を活かしてもっと世の中の役に立ちたいという熱意があります。
✔️ 社員食堂の運営だけでは発揮しきれていない彼らの潜在能力をどうやって社会に発信していくか?
✔️ その発信が自己満足に終わらずお客様にとっての価値を生み出せるか?
その方程式を作ることができれば、社員の働くエネルギーが企業の活力につながり、事業の発展にもつながるはずです。
A社は、これまでの会社の歴史の土台の上に新たなパーパスを建設することが、非常に意義深い段階にきています。
社員が皆ワクワクするようなパーパスが定まれば、その実現に向けて大きくドライブしていくのではないかと楽しみにしております。
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