人事戦略とは
人事戦略という言葉がよく使われるようになりましたが、この言葉は非常に意味が深いです。
深いだけでなく、とても難しいことを言っています。
企業経営においては、ミッション・ビジョンが最上位にきて、その下に経営戦略、さらに(個別の)事業戦略がきます。
さらに、事業戦略の下に事業計画、そして実行プランがきます。
先ほどの三角形の図の事業戦略と並列して、機能戦略があります。
機能戦略の中身としては、財務戦略、人事戦略、IT戦略、広報戦略などがあります。
ここまで見てくると、「人事戦略」が全体の中にどのような位置づけられるかが分かると思います。
人事戦略とは、経営戦略を実現するための重要な作戦であると同時に、事業戦略や各機能の戦略がそれぞれ最適に実現されるよう、人事的側面から何をすべきかデザインすることと言えます。
目次
”戦略”とは
人事戦略を理解するには、そもそも経営戦略とは何かを理解しておく必要があります。
なぜなら経営戦略も人事戦略も考え方の根本は同じだからです。
いくつか「戦略」の定義をご紹介します。
- 持続的競争優位を達成するためのポジショニング構築 (De Kluyver and Pearce)
- 企業あるいは事業の目的を達成するために、持続的な競争優位を確立すべく構造化されたアクション・プラン (グロービス)
- コアコンピタンスを活用し、競争優位を獲得するために設計された、統合かつ調整された複数のコミットメントと活動 (Hitt, Ireland, and Hoskisson)
- 長期的視野に立って目的と目標を決定すること、およびその目標を達成するために必要な行動オプションの採択と資源配分 (chandler)
戦略の意味は様々に定義されていますが、あえて短い言葉でまとめると「持続的に勝つための設計図」といったところでしょうか。
いずれの戦略の定義であれ、根底は共通するものがあります。
そのヒントは戦略という言葉がもともと戦争用語から来ているところにあります。
一歩間違えれば多くの兵士の命が失われるという極限状況において、戦術家達が作戦を考えた過程に共通するポイントが3つあります。
1. 大前提として敵(ライバル)がいます。さらに敵(ライバル)があらゆる知恵を絞って挑んでくることも織り込んだ上で、それに勝てる作戦であるということ
2. 今日勝っても明日負けては意味がないので、持続的に勝ち続ける作戦、大きく勝てる作戦であること
3. 作戦が机上の空論で終わることなく、実際の行動計画やヒトモノカネの資源配分(=力を入れるものと入れないもののメリハリ)まで落とし込まれていること
良い戦略とは、上記3つの観点を満たすものです。
事業戦略の例
ベストセラーになった「ブルーオーシャン戦略」という本で取り上げられたQBハウスの事例を紹介します。
QBハウスのビジネスモデル
QBハウスは10分1,000円床屋の草分けの会社です。
1号店は1997年に出店し、今や日本に575店舗、海外にも100店舗以上あります(2024年3月現在)。
床屋に行くとカットを終えるまで通常1時間程度かかりますが、それを10分間に短縮した、非常に独自性の高いビジネスモデルです。
- 理容師の仕事をカットに特化し、洗髪など水を使うサービスはありません
- 会計は自動券売機なので店員はお金に一切触れません。(初期はぴったし千円札しか使えず、お釣りはありませんでした)
- 背もたれが自動で倒れるような電動椅子もありません
- もちろん耳かきや肩マッサージも提供していません。
- カット後のお客様の髪の毛は、前面の台の足元についた強力な吸引機で吸い取り、そのままお店のバックヤードで管理されるので、清掃も楽です。
このビジネスモデルで特に優れている点は、安価でも品質を落とさない工夫がされていることです。
1時間に5人カットすればお店の収入は5,000円になります。
従来型の床屋の1人1時間程度で頂く料金とほぼ同等です。
競争力の1つは、コストです。
QBハウスの店舗は小さく設備も少なく固定費が低いため、利益率が高いです。
更に強力な競争力は稼働率です。
通常の床屋は週末は混むものの平日は閑散としていることが多く、なかなか収益が安定しません。
一方でQBハウスは店舗が利便性の高いエリアに立地し、価格が安く所要時間も短いので、客が忙しい合間に気軽に立ち寄ることができ、平日も高い稼働率を実現しました。
結果として、QBハウスは従来型の床屋よりも理容師1人当たり売上を遥かに高め、その分、給料も高く設定しました。
良い待遇を出せるので、良い理容師が集まり、安かろう悪かろうにならない状態を作りました。
これが、正に“戦略”です。
QBハウスは従来型の理容店が容易には模倣できない独自のビジネスモデルを作り上げ、敵(ライバル)に勝つ戦略をとりました。
この独自の仕組みで持続的に勝ち続け、店舗数は600店近くに至りました。
人事戦略とは
上記で経営戦略の意味や事業戦略の事例も含めて詳しく説明したのは、人事戦略もアプローチは同じだからです。
商品に商品市場があるように、人材には人材マーケットがあります。
働く人達はさまざまな条件を比較した上で選択した会社で働いていますが、時にはその環境を捨てて別の会社に移っていきます。
つまり企業同士は、人材マーケットにおいて人材を取り合うライバル関係にあります。
自社従業員の流出(退職)を防ぎ合うライバル関係とも言えるでしょう。
では、ライバルに勝つためにどうするか?
しかも一過性の勝ちではなく、持続的に勝つためにどうすればよいか?
それが人事戦略です。
QBハウスの事業戦略を参考にすると、「何でも全て立派」にする必要はないということがわかります。
自社ならではの強い領域を作り上げ、捨てるべきものは捨て、自社らしい人事のあり方をデザインし、それを経営戦略実現の原動力にすることが求められます。
人事戦略の考え方
人事戦略を考える上では、人事の主な機能に分解すると考えやすいです。
- 採用
- 配置
- 育成
- 評価、処遇
- 組織開発(ミッション・ビジョン、企業風土づくりなど含む)
- 働く環境づくり
上記6領域において、全て最高レベルという会社は存在しないといっていいでしょう。
自社の人事戦略において、どこにどの程度の力を入れるか?という判断をしていくことになります。
いくつか典型的な例を紹介しますので、あなたの会社と照らし合わせて考えてみてください。
初期のリクルート【採用戦略に力点】
初期のリクルートは、既存社員の合計数よりも多い人数の大卒社員かつ優秀な社員を徹底的に採用しました。
自社が就活を支援する会社でもあったので採用活動に強い背景があり、ビジネス的には突破力の強い個人の力を求めていたので、採用活動にとことん投資をして会社の基盤をつくりました。
さらに、入社した優秀人材がすくすく育つよう、本人の主体性に火をつける組織風土、マネジメントのやり方を作り上げました。
元々突破力ある人材を採用するので、育てるというよりは、個が力を発揮しやすい風土を整えたと言えます。
採用に強いリクルートならではの戦略であり、他社は簡単には真似できません。
アイリスオーヤマ【評価、処遇戦略に力点】
公平・公正な評価をするためにとてつもないエネルギーを注いでいます。
年度評価の期間は約1ヶ月間に及び、管理職は評価業務に集中するため、他の仕事が手につかないほどです。
実績評価、360度評価、さらに論文やプレゼンといった軸で評価を行い、被評価者である上司だけの判断で決めず、全社的な人事評価委員が介在して公平・公正を担保しています。
この評価の仕組みは成績をつけるだけのために行っているのではなく、本人の成長を促すとともに、優れた人(評価される人)がどのような人であるかを明らかにし、皆がそれを目指す環境をつくることを目的としています。
また、密室評価みたく評価の根拠が分からず社員のモチベーションを下がることがないように工夫されています。
アイリスオーヤマは他にも強みを持つ会社ですが、評価制度にこれほどのエネルギーを注ぐことは、競合他社が真似しようと思っても簡単にはできません。
京セラ【企業理念、仕事の考え方教育】
故稲盛和夫氏が作り上げたフィロソフィを軸にする企業文化が強みです。
社員たちは毎年フィロソフィ論文を書き、優れた論文は全社で表彰されます。
仕事の能力よりも考え方を重視する人間教育の徹底、フィロソフィの徹底が、独自の文化と競争力の源泉となっています。
個の突出した力で戦うというよりは、1人1人の総力結集したチームの強さ、凄みがあり、それをいかに維持するかが人事戦略の命題となります。
これこそライバルが簡単に真似ができるものではありません。
企業文化そのものが強みになっており、文化は簡単に移植できるものではないからです。
SHIFT【育成に力点】
ソフトウエアの検証・品質テストなどを行うSHIFTは、人手不足に悩むIT業界において驚異的な勢いで人員を増やしています。
パティシエや自衛官もITエンジニアにすると言われるように、未経験者をエンジニアに育てる仕組みに独自の強みがあります。
これを実現しているのは、初期教育だけでなく、社員のスキルを可視化し、社員自身が自分のスキル状況を理解し、伸ばしていく環境です。
また、報酬とスキルをダイナミックに連動させているので、学ぶモチベーションが高いことも強みの1つです。
一時的に研修などを強化して育成するだけならライバルにも真似できます。
しかし、入口の教育だけでなく持続的に育つ環境づくりをしているところは容易に真似ができず、競争優位性の源泉になっていると言えます。
その他さまざまな企業の人事戦略の工夫
幾つか比較的有名な事例をご紹介しましたが、中小企業でも様々な工夫をしている会社がたくさんあります。
「働きやすさ地域一番」を標ぼうして高めている製造業
「社員の個性と強みを活かす!」を掲げている介護企業
経営計画に1人1人の成長プランを書き込み、全社員がstrength finderを受験して自分の強みを知りそれをチーム毎に貼り出し、強みをどう活かすかの面談なども継続。成長を褒め合い、支え合う企業文化がある。
「ライバルより圧倒的に高度な教育機会の提供」を強みにしている広告会社
ライバル企業では行動量重視、ノルマ主義の営業が横行する中、この会社では1人1人の営業担当者を大人扱いし、ハイレベルの営業ができるためのスキルを可視化。
足りないスキルを埋めるための学習の機会や勉強会を継続的に実施。
まとめ
先ほどお伝えしたように、人事には主に以下の機能があります。
- 採用
- 配置
- 育成
- 評価、処遇
- 組織開発(ミッション・ビジョン、企業風土づくりなど含む)
- 働く環境づくり
上記の全てを高いレベルにしようとすると、結局いずれも中途半端になります。
凸凹していてよいので、自社ならではの特徴を作ることが人事戦略につながります。
そのためには経営戦略との連動が何より大事です。
お客様により高度な提案をしていく方向性ならば、いかにしてそれにふさわしい人材を採用し、育成するかが大事です。
個の能力で戦うビジネスか、チームの総合力で戦うビジネスかによっても人事戦略の打ち手は異なります。
変化の激しいビジネス環境か、比較的環境が安定的なビジネスかでも異なります。
競争と淘汰の激しい超実力主義の企業文化がふさわしいか、(年功序列とは言わないまでも)あまり差をつけず皆でレベルアップしていく企業文化がよいか、どちらでしょうか。
調理のロボット化を推進する飲食業であれば、過去には現場のアルバイト確保に頭を悩ませていたものが、今後はオペレーション管理がしっかりできる少数の優秀人材が成長の鍵となってきます。
これからの時代は人事は経営戦略と一体であることが求められます。
自社の経営戦略の真髄を深く深く理解した上で、人事戦略がどうあるべきか、試行錯誤してみてください。
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