転勤したくない 社員たち|人事異動命令を出せない時代の人事マネジメント

2022.09.09

 

「 転勤したくない 」と言う社員が増えています。

厚生労働省も「企業に対し、従業員に対して将来の勤務地や仕事の内容を明示することを求める」と発表しました。 転勤したくない
 

現在は労働契約を結ぶ際に「入社直後の勤務地」と業務内容を記した労働条件通知書を交付することになっています。

厚労省は2023年中にも労働基準法の省令を改正し、新たに労働契約を結ぶ際や再雇用時に、勤務地や業務内容を将来どのように変える可能性があるか明示させるルールになりそうです。
 

明示することで、労働者にとって想定外の転勤や望まない部署への異動などを避けられるというメリットがあります。

時代に即した自然な流れともいえますが、企業側に視点を移すと人事異動命令を出す自由度が無くなり、人材マネジメントに少なからぬ影響が出ると考えられます。

 

労働者側の選択権や権利が強まっていく中で、企業は今後どのように備えを行なっていけばよいでしょうか。

今週のブログでは、終身雇用、配転(異動)命令などをめぐる労働者の権利と企業の雇用の在り方についてお伝えします。

 

終身雇用と対を成していた配置転換命令(企業の権利)

 
日本は解雇規制が厳しいと言われていますが、企業側はそれに対応する大きな権利を保有しています。

それは労働者の同意を得ずに配置転換命令を出せる権利です。
 

(最近は徐々に変わりつつありますが、)企業の配転命令は絶対で、大手企業などでは辞令の1週間後には異動先に着任というのも普通でした。

3年に1回程度の人事ローテーションがあり、異動先に地方の工場なども含まれる会社の場合、「子供が小さいうちは家族で3年おきに転居を繰り返し、子供が大きくなるとお父さんだけ単身赴任する」という構図があちこちで見られました。
 

 
このように企業側は社員の居住地や家族との同居を左右する問題を社員に強制的に従わせることができました。

その見返りというのも変ですが、労働法制は企業が簡単に解雇できないような縛りを与えてバランスをとってきた経緯があります。
 

新卒総合職で採用し、3年おきにローテーションを繰り返す場合、将来的にこれという専門性が身につきづらく転職市場での価値は高まりません。

その分、定年退職まで会社が面倒を見て、給与も徐々に上げていくことで会社と社員の間の力の均衡が保たれていたと言えます。

 

社員の自由度の高まり

転勤したくない

ところが近年、会社と社員の両者の権利の均衡が崩れ始めています。
 

会社が社員を定年まで養うのが難しいということが白日の下に晒され、新入社員の多くは入った会社に一生いるとは思わなくなりました。

つまり「労働者側からの終身雇用の否定」です。
 

個人の働き方や幸せが重要視されるようになり、会社が本人の同意なく強制的に転勤を命じることも難しくなりつつあります。

リモートワーク普及のお蔭で、地方で暮らしながら、東京の会社の仕事を行なうことも可能になりました。
 

例えば、社員数33万人の巨大企業NTTグループは2021年に転勤及び単身赴任を撤廃。2022年には、勤務場所を「社員の自宅」に設定し、リモートワークをスタンダード化。

会社の通勤圏に居住する必要がなくなりました。
 

会社も社員も個々人の専門性を重視するようになったため、異なる部署への異動頻度が少なくなりました。

 

現在、“配属ガチャ”は就活学生から非常に評判が悪いです。
 

 
長らく就業規則に定められていた副業禁止は緩和が進んでいます。
 

改めて整理すると10年前には考えられなかったような以下の動きが加速しているのです。
 

  • 終身雇用の揺らぎ(労働者側が終身雇用を強く望まない)
     
  • 勤務地や職種を決めるのは会社ではなく社員
     
  • 社員の専門性を重視(ジョブ型の動きも)
     
  • リモートワーク普及による居住地のフレキシビリティー
     
  • 副業解禁 など

 

企業が行う備え

 
雇用において新たな動きが加速する中、企業はどのような備えをしたらいいでしょうか。
 

これまでは厳しい解雇規制がある分、企業側は自在な配置転換でバランスをとってきましたが、現在は労働者側の権利が強くなり、自由な配置転換がしづらくなっています。

 

今後の良くないシナリオはこうです。
 

  • 残って欲しい優秀な社員はどんどん転職していく一方で、貢献度の低い社員が滞留し、しかも配置転換すらさせられない
     
  • 社員が自分の居住地や職種から動きたがらないため、将来の経営者人材の育成が進まない(多くの部署や地域を経験して幹部として育てていく方法がとれない)

 

このような「良くないシナリオ」に陥らないために、社員採用異動労務管理の観点で対策を考えておきましょう。

 

社員採用

 
適正に合った採用

正社員採用は人材を吟味して採用し、できるだけ適性に合った職種に配置する
 

育成の仕組みの整備

採用した社員を確実に戦力化できるよう、育成の仕組みを整える。業務貢献できず滞留する社員を出さないこと。

 
業務の外注

一時的に発生する業務、将来的に廃止される業務などは正社員にやらせず、外注や派遣社員、契約社員を活用する
 

働き方で職種を区別

異動のない地域限定社員と異動のある総合職社員を区分するなど、働き方に応じた職種を用意する
 

地元採用の促進

例えば福岡支店の人員を本社からの異動で補ってきた会社は、福岡支店として地元採用を促進する

 

異動

 
リモートワーク環境の整備

本社の人間が福岡に引越しせずに福岡支店の業務を行なえるようなリモートワーク環境を整備する
 

幹部候補の育成

将来の幹部候補生は、本人の承諾のもと、様々な職種や地域を経験させ、エリート街道を歩ませる
 

前向きな職種転換

強制的な部署異動は難しくなるが、本人納得であれば問題ないので、会社の将来と社員のキャリア成長を踏まえて前向きな職種転換を促す

 

労務管理

 
優秀な人材が長く働きたいと思えるような仕組みを整える

例えば業績に見合う給与アップ、飛び級の昇格、会社の成長と共に自分も豊かになれる株式による報酬、子育てと両立できる働き方(時短、週休3日制度等)、リモートワーク環境、自分のやりたい仕事に挑戦できる社内公募や自己申告制度など、さまざまな工夫を行う。
 

降格制度の整備

期待する水準に届かない人材は、ルールにもとづいて給与を下げられる制度を用意しておく。業務貢献しない社員を異動もさせられず、給与も下げられないという事態に陥らないよう対処が必要。

 

降格制度についてはこちらの記事もおすすめです。
 
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まとめ

 
働き方改革、リモートワークの普及を経て、さらに労働法制の見直しがされた今、本人の同意なき人事異動は今後ますます難しくなります。

これまでは終身雇用の提供と引き換えに企業側は強い人事権をもっていましたが、人事権が弱まる将来を見据えて、今のうちから自社の人材マネジメントの在り方を検討しておく必要があります。
 

今は10年前には考えられなかった動きが加速しています。
 

  • 終身雇用の揺らぎ(労働者側が終身雇用を強く望まない)
     
  • 勤務地や職種を決めるのは会社ではなく社員
     
  • 社員の専門性を重視(ジョブ型の動きも)
     
  • リモートワーク普及による居住地のフレキシビリティー
     
  • 副業解禁

 

変化の時代においても、優秀な社員に活躍の機会を与え、他の社員も自分の力を最大限発揮して長く働いてもらうため、採用、異動、労務管理の在り方を今のうちから総点検し、将来への備えをしておきましょう。

 

  

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筆者紹介

株式会社SUSUME 代表取締役

竹居淳一

「人と組織が強みと言える会社づくり」を支援しています。人事の領域は年々複雑化、高度化していますが、中小企業で実践可能な視点から人材育成や組織づくりのコツを発信しています。 採用、育成、定着化、評価、組織開発、労務などの一連の領域を分断することなく、全体最適の解決策と実行が強みです。

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